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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1051号 判決 1961年8月24日

控訴人(被告) 国 外一名

被控訴人(原告) 市川清一 外五名

主文

原判決中控訴人両名に関する部分を取消す。

被控訴人らの控訴人両名に対する請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人国代理人及び控訴人遠井は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、なお原判決主文第二項掲記の登記の表示につき後記被控訴人主張のとおり更正を求める、と述べた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決の事実摘示欄に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。(ただし、原判決の証拠関係の記載中相柄健司とあるのは相柄建司の誤記と認める。)

一、被控訴代理人の陳述

原判決主文第二項掲記の控訴人国のための買収処分を原因とする所有権取得登記は、千葉地方法務局市川出張所昭和二十六年四月二十七日受付第二六五八号によるものであるから、この点従前の主張を訂正する。

本件土地につき被控訴人らの先代市川清蔵のため売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記がなされたのは、昭和十九年五月二十二日である。右土地の買収令書は昭和二十四年七月末頃前所有者中沢武八に交付されたが被控訴人ら先代市川清蔵はその頃中沢から右令書の交付を受けて中沢名義で買収対価を受領したものである。

仮りに控訴人ら主張のように昭和二十年十月当時被控訴人ら先代市川清蔵の土地耕作の許諾により当時の耕作者との間に本件土地の使用貸借が成立したとしても、本件土地のうち南東の半分(約二反歩)は訴外浅川文雄が耕作していたものであるから、この部分については清蔵と同訴外人との間に使用貸借が成立したものといわねばならない。しかして、使用貸借において、借主がその権利を第三者に移転しても、第三者は貸主に対しもとより何らの権利を取得しないから、控訴人遠井は少なくとも右部分については単に事実上耕作していたに過ぎないもので、これを小作地として買収した処分は無効である。そして本件の買収処分はその部分をも含め本件土地全部を一体として買収したのであるから、その処分全体として無効といわなければならない。

二、控訴人国代理人の陳述

本件土地につき控訴人国のため買収処分を原因とする所有権取得登記のなされた時期が昭和二十六年四月二十七日であることは認める。昭和二十年十月頃被控訴人ら先代清蔵が訴外浅川と本件土地のうち同訴外人の耕作中の部分(前記南東の半分)につき使用貸借契約を結んだ際控訴人遠井はたまたま不在で清蔵と直接応接はなかつたけれども、同控訴人の耕作部分(北西の半分約二反歩)についても浅川を通じ清蔵より耕作のための土地使用の許諾を与えられたものである。しかして浅川が使用貸借に基き耕作していた部分については控訴人遠井が浅川の使用貸借上の権利を譲受けたものであり、仮りにこれに対し被控訴人ら先代清蔵の承諾がなく控訴人遠井が清蔵に対しその権利を主張できないとしてもこれがために前記浅川との使用貸借の関係がすべて否定され本件土地が旧自創法第三条にいう小作地たる性格を失うと解すべきものではない。

三、当審における新たな証拠関係

控訴人国代理人は当審証人浅川文雄の証言及び当審における控訴人遠井本人尋問の結果を援用した。

理由

本件土地がもと訴外中沢武八の所有に属したこと及び昭和十九年五月二十二日右土地につき被控訴人ら先代市川清蔵のため右中沢との間の売買予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記のなされたことは当事者間に争がなく、成立に争ない甲第一号証の一、二の各記載並びに原審証人並木勇次及び原審相被告中沢武八の各供述によれば、被控訴人ら先代市川清蔵は昭和十九年五月二十二日中沢武八から右土地を買受け所有権を取得したが、直ちに所有権移転登記をせずに前記仮登記を経由したことを認めることができる。

しかして昭和二十二年七月二日に、本件土地につき、当時施行の自作農創設特別措置法(以下旧自創法という)第三条第一項第一号にあたるものとして控訴人国による買収処分のなされたことは当事者間に争ないところである。

被控訴人らは、右土地は当時前記法条にいわゆる小作地ではなかつたから右買収処分はその要件を欠く瑕疵がありしかもその瑕疵は重大かつ明白なものというべく、従つて買収処分は無効であると主張するので以下この点について検討する。

前掲甲第一号証の二の記載、原審証人並木勇次、原審及び当審証人浅川文雄の各証言、原審相被告中沢武八本人尋問の結果、並びに原審及び当審における控訴人遠井利勝本人尋問の結果を綜合すると、次の各事実が認められる。

本件土地は訴外中沢武八が東京都から疎開するために昭和十八年十月二十一日頃買受けたものであるが、当時右土地は訴外浅見某の耕作する小作地であつたので同人に離作料を支払い土地の返還を受けその後前記のとおり被控訴人ら先代市川清蔵に売渡した。控訴人遠井は昭和二十年春頃本件土地の附近に疎開して農業を始めたが、当時本件土地は耕作しないまま放置されており、食糧不足で空地の利用耕作が奨励されていた時でもあつたので、控訴人遠井は右土地の所有者が誰であるかも確かめないまま本件土地の南東部約半分(約二反歩)の耕作を始めた。一方右土地の北西部の残りの半分も当時附近に駐とんしていた陸軍部隊が耕作し始めたが、この部分の耕作は終戦直後浅川文雄に引継がれた。ところで昭和二十年九月末又は十月初頃被控訴人ら先代清蔵の近隣の者数名が清蔵の意を受け、控訴人遠井及び浅川が土地所有者に無断で耕作しているとして、本件土地に栽培されていたさつまいもを掘つて持帰ろうとし、控訴人堀井らとの間に紛争を生じ警察沙汰になつた。このことのため清蔵は警察当局への出頭を求められ同年十月頃これに応じて出頭する途中浅川文雄方を訪れ謝罪し、なお控訴人遠井との関係についても浅川を通じ円満に解決して貰いたい旨の伝言を依頼し、右のいも掘取りの問題については当事者間に了解が成立したが、その際清蔵は浅川及び控訴人遠井の無断耕作について格別異議を述べなかつた。浅川は昭和二十一年度も引続いて本件土地の北西部半分の土地を耕作したが翌二十二年からは控訴人遠井がその部分の耕作を引継ぎ(その間土地所有者清蔵とはなんらの交渉はなく、土地耕作関係は事実上黙認の形となつた)、控訴人遠井が本件土地全部を耕作し、本件買収処分当時もその状態に変更はなかつた。

以上の事実が認められる

控訴人国は、被控訴人ら先代清蔵が前記のように浅川方に赴いた時に同人及び控訴人遠井に対し本件土地耕作の許諾を与えこれによつて使用貸借が成立した旨主張し、原審及び当審証人浅川文雄の証言中には、清蔵において若干の収穫物を貰うことにして浅川及び控訴人遠井の耕作に承諾を与えた旨述べるところがあるけれども、同証言を前段認定の前後の事情に照らし仔細に検討すれば、清蔵は警察当局に出頭する前に浅川及び控訴人遠井との間でいもの掘取りの問題につき示談を成立せしめるために浅川との間で話合をしたもので、さような関係から土地の耕作の問題について、強いてこれを禁止する態度をとらなかつたにすぎないものであつて、前掲浅川証人の証言中土地の使用貸借が成立したとする部分はそのまま採用できない。しかして他に控訴人ら主張の耕作の権利を認めるに足る証拠はないから、控訴人遠井は本件土地につき終始なんらの権利なくこれを耕作していたものといわなければならない。

よつて、本件土地は買収処分当時旧自創法にいわゆる小作地に該当しないものであるから、同法第三条第一項第一号によりこれを小作地として買収した本件買収処分は違法といわなければならない。

被控訴人らは右買収処分の瑕疵は無効原因にあたる旨主張するので次にこの点について考察する。

一般に行政処分が当然無効とされるためには、その処分に重大かつ明白な瑕疵が存しなければならないと解されるところ本件の処分は旧自創法第三条第一項第一号による買収処分であつて、右条項に定められた小作地たることの要件は旧自創法による買収処分の性質からしてその重要な要件たることは明らかであり、この点の認定を誤つた本件買収処分には重大な瑕疵があるというべきである。

そこで進んで瑕疵の明白性について考えるに、右にいわゆる瑕疵が明白であるとは行政庁のなした行政処分の要件の認定に誤のあることが外観上客観的に明白である場合を指すものと解され、従つてその誤認のあることが特別の調査を遂げなくても一般の目からみて容易に看取し得るものでなければならないと考えられる。ところで本件においては、前段に認定したように、昭和十八年十月訴外中沢武八が本件土地を買受けた際小作人から土地の返還を受け、その後一時耕作しないままとなつていたのを控訴人遠井が耕作するに至つた(南東の半分は昭和二十年から、北西の半分は陸軍部隊、浅川文雄が一時耕作し、控訴人遠井は昭和二十二年から)もので、土地所有者である被控訴人ら先代清蔵との関係は、昭和二十年十月に当時の耕作者浅川及び控訴人遠井との間に前判示のような話合(控訴人遠井とは訴外浅川を通じての話合)のあつたほか、買収処分当時までなんら土地の返還を求める話合もなく土地の耕作関係につき事実上黙認されてきたものであるから、もと浅川の耕作していた土地につき控訴人遠井と右清蔵との間においてはもとより土地の貸借関係は認められず、また前記話合の際同控訴人の耕作していた部分についても賃貸借はもちろん使用貸借の成立も認め得ないこと前段に判示したとおりであるにしても、外観上は土地所有者の承諾を得貸借関係の成立した上耕作している場合と顕著な差異は看取し難いものであつたといわなければならず、これを小作地と誤認してなした本件買収処分の瑕疵はいまだ前述のいわゆる明白なものにあたらないとみるのが相当である。

もつとも原審証人鈴木一太郎、同相柄建司の各証言及び成立に争ない乙第一号証の記載によれば、所轄鎌ケ谷村農地委員会の本件土地に関する調査としては、控訴人遠井から、所有者市川清蔵より賃借しいわゆる物納で賃料を支払つている旨の申告があり、その後土地台帳を調査した結果中沢武八の所有名義となつていることを発見したので前記控訴人遠井の申告はこの点に誤があると認めて訂正したが、その他耕作の権利の有無等については特別の調査をせずただ当時控訴人遠井が本件土地を耕作しているという現地の状況から、前記申告をそのまま容れて小作地と認め、これに基いて本件買収処分がなされたことが認められ、当時種々の制約のもとに急速に農地改革の事務を完了しなければならなかつたにしても、その調査不十分のそしりを免かれ難いものと考えられる。しかし行政庁の調査に怠慢があつて、その結果処分の要件の存否に誤認を生じたとしても、このことは行政処分の瑕疵が明白かどうかの判定に直接関係を有するものと考え難いから、このことから前記結論を動かすことはできない。

以上述べたように、本件買収処分に存する瑕疵は明白なものといえないから、右処分は取消し得べきものであるにとどまり、これを当然に無効ということはできない。従つてその当然に無効であることを前提とする被控訴人らの請求はすべて理由がなくこれを棄却すべきものである。

よつて原判決中控訴人両名に対する請求を認容した部分を取消すこととし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九三条第一項本文の各規定に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 小池二八 安岡満彦)

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